全日本弦楽コンクール

大学/院生/一般部門
原宗史さん

原宗史さんは昨年春に東京藝術大学を卒業、この一年間は別科に所属し、大学でレッスンを受ける傍ら演奏活動をしてきました。この春からは大学院に進学します。チェロへの思い、音楽活動への思いを、たっぷりとお聞きしました。

原宗史さん

宗史さんが初めて音楽に触れたのは、自分でも記憶が曖昧なほど小さなころです。母はピアノの先生で、5歳上の兄はピアノとバイオリンを習っていました。お兄ちゃんへの憧れもあり、自分が習い始めることになるのは自然な流れでした。同じ先生に習い、発表会にも兄弟一緒に出演。「先を進む兄を無我夢中で追いかけていました」と振り返ります。

それでも「練習しなさい」と厳しく言われる兄に対して、「次男のぼくは放任されていた(笑)」と宗史さん。練習しなくても怒られることなく自由にやらせてもらえたことが、続けることに繋がったと思えるので、いまは感謝の気持ちもあると言います。

発表会で兄と

小学校4年生の時、地元でピアノトリオの演奏を聴く機会があり、そこで初めてチェロの魅力に気づきます。同じころ、三重県のジュニアオーケストラに入団しバイオリンを担当しますが、チェロのレッスンが受けられることを知って、バイオリンとチェロの二刀流に。でもそれはほんの短い期間で、ほどなくチェロに一本化しました。

中学生まではジュニアオーケストラでの活動以外に、2週間に一度、自宅のある三重から東京へレッスンに通いました。「チェロで生きていこう」と決めたのは、中学3年生の時。それから先生との二人三脚で準備を始め、東京音楽大学付属高等学校に合格、入学と同時に家族で東京に移り住みました。

ジュニアオーケストラでの演奏

コンクールへの挑戦は、宗史さんにとって「勉強の一環」です。それまで学んだことを披露することができる場所。本番を重ねることで、勉強してきたことが自分の中で腑に落ちると言います。だからこそ、大事にしています。
今回の本選で演奏した「リゲティの無伴奏チェロソナタ」も、勉強してきた一曲でした。会場となった杉並公会堂は、過去にオーケストラ等で何度か演奏したことのあるホールでしたが、ソロで弾く機会はなかなかないため「本番はとても気持ちがよかった」と言います。そして、ほとんどの出場者がピアノ伴奏をつける中、一人で挑戦することは自分にとってのモチベーションになったとともに、無伴奏で聴かせ結果を残せたことには「ひとつの意味があった」と手応えを感じています。

普段から意識していることは、「いろんな人が言うことだけれど」と前置きをしながら「『150%の練習で舞台に臨む』ということ。練習でできないことは本番でできるわけがないのはもちろん、練習でできたことが本番でできないこともある。だから、舞台上で自分のパフォーマンスを最大限発揮するためには、練習でやっていたことを常に舞台上で『再現する』ということを大事にしています」。本番を迎えた時の身体的、精神的状態をできる限り認識して、練習のうちに克服することを心がけています。

「人と一緒に弾くことが好き」という宗史さん。「ソロだけでなく、デュオや弦楽四重奏、ピアノ三重奏など編成が広く、さまざまなところでいろいろな方と演奏できる。音を通して気軽にコミュニケーションをとれる点が、チェロの一番の魅力」と話します。

現在活動中のピアノトリオのメンバーと

大学を卒業し別科に所属したこの一年は、実技科目以外は一般の授業がなく時間の融通がきくため、仕事として音楽活動も行ってきました。プロのオーケストラにエキストラとして参加したほか、サポートミュージシャンとしてバンドのツアーに帯同したり、ゲーム音楽のレコーディングに参加したり。「普段からクラシック以外の音楽も聴くし、ゲームも趣味」という宗史さんにとっては、楽しみながら経験を積む機会となりました。

「クラシック“音楽”は、再生していく文化です。昔のものを、今弾く意味。作曲家がどんな思いでこの作品を残したのか、それを2022年に生きるぼくが弾く意味はどこにあるか。技術や楽器の都合にとらわれずに、音楽を芸術として違和感なく再生することが大事だと思っています」。そのために、時代背景を含めた作品に関する情報は、できる限り自分の中に落とし込んでから取り組んでいます。

宗史さんは、コロナ禍となる少し前、大切にしていた楽器をある事故で失い、初めて「自分の楽器がない状態」を経験しました。弦楽器は特に、音の性質をとらえるのに時間がかかります。楽器を失ったことでモチベーションが保てず、とても辛かったと言います。ところがコロナ禍で自粛ムードとなり、決まっていた仕事もなくなったことで、学校の授業と事故処理に専念、楽器から少し距離をおき、それが視野を広げることにつながりました。その状況は一年ほど続きましたが、縁あって素晴らしい楽器に出会うこともでき、「ある意味では、自分にとって必要な時間だった」と前向きにとらえています。

音楽と向きあう

春からは大学院です。「ものごとについて深く考えられるようになってきたので、真摯に取り組めたらいい」と宗史さん。古い時代の音楽から現代音楽までさまざまな時代の音楽をもっとたくさん勉強したいし、ソロ活動はもちろん、オーケストラや室内楽の勉強も続けて、どのような現場でもマルチに活躍できる演奏家になれるよう努力していきたいと考えています。「僕にしかできない、どんな時にも必要とされるような個性あふれる演奏家になりたいです」。海外留学も視野に入れつつ、まずは大学院での2年間を、勉強と挑戦の時間にする予定です。

 

一生ものの楽器に出会い、一生楽器を続けていく、と気持ちを新たにしたという宗史さん。その言葉には、迷いがありませんでした。人生の深まりとともに深みを増すであろう宗史さんの音楽に、心からの期待をこめて、今後も注目したいと思います。

※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは3月上旬に行いました。

本選での原宗史さんの演奏はこちら