中学生部門の最優秀賞のうちのお一人は、チェロの高階杏さん。現在は、桐朋女子高等学校音楽科(男女共学)に通い始めた高校1年生です(当コンクールのエントリー時は中学3年生)。中学まではブリティッシュスクールで英語漬けの環境に身を置いていたという高階さんの、音楽の道を志すようになった経緯や、ストイックな音楽への向き合い方についてなど、オンラインでお話をうかがいました。
高階杏さん
高階さんとチェロとの出会いは、幼稚園時代に遡ります。高階さんは幼稚園からブリティッシュ・スクール・イン・東京に通っていましたが、その音楽の先生がチェロを学ばれた方で、ある日、音楽が好きそうな子どもたちを選抜して、週に一度レッスンを行うことになったのです。その選ばれた4人のメンバーのなかに、幼い高階さんがいました。チェロという楽器に触れることになったのは、まさに偶然の巡り合わせでした。当時はまだ4歳くらい。「嬉しいとかそういう感情もなく、特に何も考えずにチェロを受け入れていました」と語りますが、ブリティッシュ・スクールは学内に生徒たちのオーケストラがあるなど、音楽が身近にある環境だったことも、自然と楽器を続ける助けになったようです。
幼稚園でチェロと出会った時の先生と「4人」のメンバー。高階さんは真中左
当初は趣味として楽しんでいたチェロですが、徐々にその向き合い方に変化が訪れます。2015年頃から、桐朋学園大学音楽学部附属「子どものための音楽教室」に通い始めた高階さん。そこには、自分と同じように音楽を愛し、真剣に取り組む同世代の子どもたちがたくさんいました。「周りがみんなすごく上手で、すごい人たちと一緒に授業を受けたり、オーケストラで演奏したりするのが本当に楽しくて。自分も頑張りたいなと思うようになりました」。レベルの高い環境に身を置くことで、刺激を受け、向上心が芽生えていったのです。
実は高階さん、チェロと並行してミュージカルやバレエにも熱心に取り組んでいたそうです。しかし、学年が上がるにつれて両方することが難しくなりました。どちらかに決めなければならないという岐路に立ったとき、ほとんど迷わずチェロを続けることを選んだのです。「チェロに集中できることがただ嬉しかったです。でも、だんだんと『ああ、すごい難しいな』と気づきました」。以前は、ただ楽しいという気持ちで弾いていたチェロですが、本格的に向き合えば向き合うほど、その難しさや奥深さに気づかされたといいます。
演奏会にて『ルーマニア民族舞曲』を弾く様子
中学まではインターナショナルスクールであるブリティッシュ・スクール・イン・東京に通っていた高階さんですが、高校からは日本の音楽高校へ進学するという大きな決断をしました。これには、ご自身の「もっと音楽を専門的に学びたい」という強い意志と、ご家族や先生方のサポートがあったことは想像に難くありません。しかし、その環境の変化は想像以上に大きかったようです。これまで英語で授業を受け、友人と英語で会話をしていた生活から、すべてが日本語の環境へ。「国語のテストだけでなく他のテストでも漢字や文章問題が読めなくて苦労しました」と苦笑いしながらも、良い先生方の影響で音楽理論や和声など、音楽を通じた学びの中では言葉の壁を越えて共に学べる楽しさを感じているそうです。文化の違いや言葉の壁に戸惑いながらも、それを乗り越えようとする前向きな姿勢が、高階さんの音楽にも力強さを与えているのかもしれません。
伴奏の先生とのレッスン風景&おしゃべりTime!
さて、今回のコンクールについて詳しくうかがいました。出場を決めた最大の理由は「舞台経験を積むため」。以前から、舞台で演奏することに対して強い緊張を感じていたそうです。「普段の練習とは違った変なミスが出たり、体が硬くなってしまったりして。もっと場数を踏んで、舞台に慣れる必要があると感じていました」。年に一度の発表会だけでは足りないと感じ、積極的にコンクールに出場することで、緊張感をコントロールし、自分らしい演奏ができるようになることを目指したのです。
年一度の「門下発表会」にて
今回演奏された曲目は、エルガーの『チェロ協奏曲』第1・2楽章。選曲は先生と相談して決めました。「弾いてみたい曲リストを先生に見せたら、『エルガーがいいんじゃない?』と言われて」。実はこの曲、高校の入試曲でもあり、2024年の夏頃からじっくりと取り組んできた大切なレパートリーでした。準備期間が長かった分、これまでのどの曲よりも深く、細部まで掘り下げて勉強できたといいます。
特に印象的だったのは、高階さんならではのアプローチ方法です。ブリティッシュ・スクール時代、英語の授業で「詩の分析(アナリーゼ)」が得意だったという彼女は、その手法を音楽にも応用しました。エルガーが生きた時代背景、第一次世界大戦後の荒廃や、愛する妻を失いつつある苦しみ。そうした背景をインターネットや文献で徹底的に調べ上げ、曲の解釈に深みを持たせました。「エルガーがどういう気持ちでこの曲を作ったのか、どうすればその感情を音に乗せられるのかをすごく考えました。作曲にあたり、エルガーは友人であるSidney ColvinからLaurence Binyonの詩を紹介され、Binyonの詩三編を参考に作曲しました(この曲はColvin夫妻に捧げられています)。高階さんは、これらの詩の分析(アナリーゼ)からこの曲の意味を紐解き、楽譜に『このフレーズはこの詩のこの部分に当てはまる』といった書き込みをしながら練習しました」。技術的な練習だけでなく、作品の「心」を理解しようとするこの姿勢こそが、聴く人の心に響く演奏を生み出した要因の一つでしょう。
もちろん、技術的な課題とも向き合いました。「右手のボウイング(弓使い)については、弓を返す時にどうすればフレーズが途切れずに弾けるか苦労しました。また、ヴィヴラートについても色々考えて練習しました」。
師事する先生からは、冒頭の和音の弾き方や、それに続くレチタティーヴォ(語るような部分)をいかにドラマティックに表現するかなど、細かく徹底的な指導を受けました。特に「ビブラートをかけずに音色を作る」という課題に向き合えるように努力したそうです。
そして、1楽章の最後に冒頭のフレーズが戻ってくる場面では、ヴィヴラートをかけずに弾くようにという先生の指導があり、弓のスピードや圧力だけで情感を表現する、その繊細なコントロールを習得することにもこだわりました。
曲を練習していく中で技術的につまづいた時、高階さんはエチュード(練習曲)に立ち返るということを徹底しています。過去に弾いたエチュードの記憶を辿り、現在の課題とリンクさせる。その知的な練習方法からは、高校1年生とは思えないほどの冷静な分析力がうかがえます。
普段の練習でもエチュードに力を入れているそうで、「さまざまな曲を弾けるようになるためには、基礎的なテクニックが不可欠です。エチュードを練習する時も、ただ指を動かすだけでなく、このエチュードがどういう目的で作られたのか、どの曲のどのパッセージに役立つのかを意識しながら取り組んでいます」とストイックな一面を覗かせました。
また、高階さんは「身体作り」にも余念がありません。お父さまやお兄さまがスポーツ好きという影響もあり、ご自身も体を動かすことが大好きだとか。お父さまと一緒にウェイトトレーニングを行ったり、学校の授業でナンバリズミックを学んだりすることで、演奏に必要な筋肉の使い方や、骨格の仕組みを理解しようと努めています。
「チェロは座って弾く楽器ですし、男性奏者に比べるとどうしても音量やパワーで劣ってしまうことがあります。でも、ただ力任せに弾くのではなく、肩甲骨の可動域を広げたり、必要な筋肉をつけたりすることで、楽に、かつ豊かな音が出せるように日々努力をしています」。スポーツ科学の視点を演奏に取り入れるという現代的なアプローチも、高階さんの急成長を支えている要素の一つのようです。
今回のコンクールでは、チェロ以外の楽器の専門家が審査員に含まれていたことも、大きな学びになったと語ります。「コントラバスの先生からシフト(ポジション移動)の際のヴィヴラートについて指摘をいただきました。コントラバスはチェロよりも指板が長く、移動距離が長いため、シフトの技術が非常に重要です。そういった視点からのアドバイスは、チェロの先生からの指導とはまた違った観点からの気づきもあり、とても勉強になりました」。
異なる視点からのフィードバックを素直に受け入れ、自身の糧にする柔軟性も、高階さんの大きな才能と言えるでしょう。
友人と3人でピアノトリオに取り組んだ時の様子
最後に、将来の夢や目標についてうかがうと、「私は室内楽やオーケストラが大好きなんです。メロディーを支える低音の役割にかっこよさを感じますし、何より、音楽が好きな仲間と一緒に一つの音楽を作り上げる時間が本当に幸せです」とのこと。
ソロとして脚光を浴びることだけを目指すのではなく、アンサンブルの中で他者と調和し、共に高め合うことに喜びを感じているようです。「『この人と一緒に弾きたい』『この人と演奏すると楽しい』と思ってもらえるような演奏家になりたいですね」。そして、聴いてくださるお客さまに対しては、「音楽に興味のない人にも音楽の素晴らしさを感じて頂きたい。人の心に残る何かを表現できたらうれしいです。」と目を輝かせました。
インタビューで印象に残ったのは、高階さんの飾らない人柄と、音楽に対する真摯で多角的なアプローチでした。インターナショナルなバックグラウンド、文学的な曲の解釈、スポーツ科学的な身体作り、そして仲間と共に音楽を作る喜び。それら全ての要素が混ざり合い、高階さんという一人のチェリストを形作っています。
これからさらに多くの経験を積み、技術を磨き、人間的な深みを増していくことで、より一層豊かに響き渡るチェロの音色を聴かせてくれることを楽しみにしています。
全国大会での高階杏さんの演奏はこちら。

