全日本弦楽コンクール

⼤学⽣/院⽣/⼀般・薬真寺光さん

⼤学⽣・院⽣・⼀般の部⾨1位は、薬真寺光(やくしんじ・ひろ)さんです。しっかりとしたテクニックに⽀えられた演奏が、審査員から⾼く評価されました。現在は、東京藝術⼤学の2年⽣(エントリー時は1年⽣)。この春からは、⼤学での授業やレッスンもようやく通常どおりに戻ってきました。

薬真寺光さん

⼤分県出⾝の光さんは、東京⾳楽⼤学附属⾼等学校への進学を機に上京しました。「最初のころは淋しさから号泣していましたが、わりとすぐに慣れました(笑)」と光さん。「いろいろな⼈と出会えるし、東京での⽣活はすごく楽しい」と話します。

振り返ると、光さんの⾼校⽣活は、コロナの影響でさまざまなことが制限された⽇々でした。⼤学に進学してからもしばらくその⽣活は続き、ホールで演奏する機会は減っていました。そのため、「普段の狭い練習室ではなく、響きを感じられるなかで広く表現したい」と、全⽇本弦楽コンクールへのエントリーを決めました。

全国⼤会の会場だったみなとみらいホールでの演奏は、全⽇本⾳楽コンクール全国⼤会に出場した⼩学⽣のとき以来でした。「すばらしいホールで演奏できる機会は滅多にないから。当⽇は、⾳がすごくよく⾶んでくれて響いてほしいところが響いたので、とても楽しかったです」と振り返ります。

全国⼤会で演奏したのは、ポーランドの作曲家、ヴィエニャフスキの「『ファウスト』の主題による華麗なる幻想曲 Op.20」。ヴィエニャフスキの作品は、これまでに何度か弾く機会があり、藝⼤を受験する際の試験曲も彼の作品でした。光さんには縁のある、好きな作曲家のひとりです。今回の演奏曲はオペラを題材にしているため、オペラ作品を映像で観ながらスコアと照らし合わせたりして、物語の情景や作品の雰囲気を伝えられるように研究しました。「演奏で、ファウストの世界観を伝えることができて嬉しい。すばらしい賞をいただけて、ほんとうに光栄だし、⼼からの感謝の気持ちでいっぱいです」。

光さんがヴァイオリンを始めたのは、幼稚園のころ。友だちに誘われ、スズキ・メソ―ドに⼊ったことがきっかけです。バレエや習字などほかにも習いごとをしていましたが、ヴァイオリンだけは⻑く続けてこられました。「そのころは、ヴァイオリンが好きかどうか、あまり意識していなかったと思います。上⼿に弾けると⺟が褒めてくれるのが嬉しかったんです」。お⺟さんは、ヴァイオリンに関してはとても厳しかったけれど、ちゃんと練習すれば、そのことをちゃんと⾒ていてくれました。今回の結果にも、「よかったね!!」と⼀緒に喜んでくれたと⾔います。

4歳のとき。初めてのコンサート

妹とスズキ・メソードの合宿に参加

コンクールには⼩学⽣のころからチャレンジしてきましたが、「⼈前で弾けるんだぁ。じゃあ弾こう!っていう感じ(笑)」。コンクールに出るということについても当初はあまり意識をしていませんでしたが、物⼼がつくと次第に「うまく弾きたい」と思うようになり、その気持ちが強くなるにつれ、本番で緊張するようになっていきました。準備万端で臨んだコンクールで思うような結果が出なかったことや、本番前に緊張のあまり気持ちで負けてしまったこともあります。そこで今は、⾃分なりのルーティンを決め、本番前に毎回⾏うことで、マインドセットできるようになりました。

ヴァイオリンを好きだとはっきり⾃覚するようになったのは、⾼校に進学してからだと⾔います。「⾃分の感情や感じたことを⼈と共有できるところや、⾔葉にできないような繊細な感情も⼈に伝えることができるところが、⾳楽の魅⼒」だと感じています。さらに、「オーケストラや室内楽など、⼈と共演するときの⼀体感はなにものにも代えがたいです」とヴァイオリンの魅⼒を語ります。

高校時代、オケの仲間と

光さんは⾼校3年⽣のとき、オーケストラのトップを務めたことがありました。定期演奏会に向けて練習を重ねるなかで、真剣だからこそメンバー同⼠でぶつかることもあり、トップとしてまとめあげるのは⼤変でしたが、本番を終えたあとにはこの上ない喜びや達成感を味わいました。「今となっては、ものすごく楽しかった思い出です」と光さん。
コロナ禍で大分への帰省を余儀なくされたときには、慰霊祭の献奏や保育園への慰問など、ボランティア活動にも励みました。また今年5月は、アルゲリッチ音楽祭の若手音楽家コンサートにも出演。自分が置かれた状況のなかで、着実に経験を積んできました。

保育園の子どもたちの前で

アルゲリッチ音楽祭若手音楽家コンサートにて
(©
脇屋伸光)

そうした経験の⼀つひとつが、⾳楽への想いをより⼀層強くしています。「いまは、⾳楽を専⾨的に学べるすばらしい環境にいる。そのなかでたくさんの⼈といっしょに演奏して、さまざまなことを経験し、いずれ⾃分の⾳楽、⾳を⾒つけていきたい」。

このさき1年ほどのあいだに、コンサートなど⼈前で演奏する予定がいくつか決まっているため、まずはこれらのステージに向けて、「聴いてくださる⽅の⼼に訴えかけられる演奏ができるように、準備したい」と意気込みます。将来的なビジョンは⼤きく描きつつも、具体的にはまだ気持ちが揺れ動いていて決めきれていませんが、⼀歩⼀歩、前に進んでいるところです。

 

この数年は、自分では思うようにならない環境で苦しい思いをした人がたくさんいました。大切な高校時代をコロナ禍で過ごした光さんですが、さまざまな制約があるなかでそれを乗り越えたからこそ、いまの笑顔がより輝くのだと感じます。大学生活は存分に謳歌して、そのさきの光さんの姿をまた見せていただきたいです。

※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは6月中旬に行いました。

全国大会での薬真寺光さんの演奏はこちら