一般プロ(O31)部門にて見事、金賞を受賞したのはヴァイオリンの中森崇人さん。普段は公務員として勤務しながら、ヴァイオリンの研鑽を積んでいます。仕事と音楽を高いレベルで両立させるその姿勢には驚かされます。音楽に対する真摯な想い、そして今回の受賞に至るまでの道のりについて、お話を伺いました。

中森崇人さん
中森さんがヴァイオリンを手にしたのは6歳、小学校1年生の頃だったそうです。保育士だったお母さまが元々ピアノを弾かれており、子どもにはヴァイオリンを習わせたいという想いをお持ちだったとのこと。それを聞いたお父さまが先に楽器を買ってきてくれて、その後たまたま見つけた教室でお稽古事としてスタートすることになったのだとか。
幼少期の練習についてもうかがうと、ヴァイオリンについては好きでも嫌いでもなく、ご両親に言われたからやる、といった淡々とした向き合い方だったと振り返ります。しかし、そうして与えられた環境の中で辞めることなく続け、現在に至るまで長い年月をヴァイオリンと共に歩んできました。
これまで複数人の先生に師事した経験があるという中森さんですが、現在は大学生の頃から指導を受けている泉原隆志先生に習っているとのこと。
中森さんは地元・京都の同志社大学のご出身で、以前は大学のオーケストラや京都市ジュニアオーケストラなどに所属されていました。現在はアマチュアオーケストラには所属せず、ソロでの演奏活動を中心に据えています。オーケストラからソロへと活動の重心を移された背景には、より自分自身の演奏技術や音楽表現を高めたいという想いがありました。アマチュアオーケストラでの活動も素晴らしいものですが、個々のレベル差や取り組み方の違いがある中で、物足りなさを感じて室内楽へ、そしてさらに個人の力量が問われるソロへと移行していくケースは少なくありません。中森さんもまた、より高い頂きを目指して、孤独ながらも充実したソロの道を選ばれたお一人と言えるでしょう。
コンクールへの挑戦を始めたのは25歳の頃からと、一般的には比較的遅いスタートでした。きっかけとなったのは、職場の先輩の存在だったそうです。同じ職場に、海外のピアノコンクールで優勝された経験を持つ方がいらっしゃり、「アマチュアであっても、海外で開催されているコンクールや高いレベルの舞台に挑戦できるんだ」という事実に衝撃を受けたと言います。身近にそのようなロールモデルがいたことが、中森さんの音楽人生における大きな転機となりました。それまでは選択肢になかった「コンクール」という舞台が、現実的な目標として視野に入ってきたのです。また、ご自身が元々「本番に弱いタイプ」であったことも、出場を決めた大きな理由の一つでした。緊張する場面をあえて経験することで、その緊張を楽しめるようになりたい、そして自分の実力がどこまで通用するのかを客観的に試してみたい。そんな自己研鑽への意欲が、コンクール挑戦の原動力となっています。
普段の練習についてうかがうと、公務員というフルタイムの仕事を抱えながらも、平日は約2時間、休日は4〜5時間という練習時間を確保しているとのこと。お仕事の性質上、比較的メリハリがつけやすい環境ではあるそうですが、それでも毎日これだけの時間を練習に充てることは並大抵のことではありません。仕事と両立できる範囲で極力毎日楽器に触れるよう努め、月に2、3回という頻度でレッスンに通っています。このペースは、社会人の学習者としては非常に精力的です。1回のレッスンで得た課題を消化し、次のレッスンまでに仕上げていくサイクルを回すだけでも大変な労力が必要ですが、中森さんはそのサイクルを着実にこなし、技術と音楽性を磨き続けてきました。
また、ご自宅の近所でバーを経営されているヴァイオリニストの木ノ原成子さんから、音楽への哲学やジャズ・ヴァイオリンについての手解きを受けたというご経験や、たまたまインターネットで見つけたというテディ・パパヴラミ氏のマスタークラスを受講するなど、学びに対する広い視野と貪欲な姿勢も印象的です。

とある本番での演奏の様子
今回のコンクールにおいて、中森さんは「一般プロ(O31)」部門にエントリーしました。公務員として働いているため、本来であればアマチュア部門という選択肢も考えられますが、一般プロ部門へエントリーした理由を尋ねたところ、単純に制限時間の問題だったそう。アマチュア部門は5分ですが、今回エントリーしたエルガーの『ヴァイオリン協奏曲ロ短調 Op.61』は1楽章だけでも10分以上かかるため、一般プロ部門での挑戦となりました。しかし、その結果としての金賞受賞は、中森さんの実力が高いレベルに達していることを証明する形ともいえます。
ちなみに今回の選曲はご自身で行い、過去に取り組んだことのある楽曲を、現在の実力で再度表現し直すというアプローチをとりました。
金賞受賞の感想をうかがったところ、返ってきたのは「率直に嬉しいですが、もやもやしています」という意外な言葉でした。コンクール直後は「もっと上手く弾けたはずなのに」という悔しさが残り、手放しで喜べる心境ではなかったとのこと。
「全然うまくいかなくて、評価も厳しいかなと思ったのですが、思っていた以上に審査員の先生方が優しかったです。細かな音程のミスや、特に跳躍の多いパッセージでの高音の精度など、納得のいかない部分が多々ありました。今後はそれらを含め、どう改善していけばよいか悩ましく思っています」と謙虚に受け止めています。
逆に、ご自身の演奏の長所について尋ねると、「ヴァイオリンには大きく分けて高度なテクニックを見せる面と、歌を聴かせる面があると思いますが、自分は後者の方、音色を褒められることが多いです」とのこと。単に反復練習するだけではなかなか身に付かない独自の表現力が、今回の結果をもたらした一つの要因にだったのかもしれません。

演奏会に職場の同僚たちが聴きに来てくれた時の記念撮影
では、中森さんにとって、音楽や楽器の魅力とは何でしょうか。その問いに対し、「日々試行錯誤をして、自分が理想とする音を探求し続けられること」だと答えてくれました。ヴァイオリンという楽器は、ゴールというものが存在しません。どこまで行ってもさらに上の表現、さらに美しい音色があり、それを追い求めるプロセスそのものに喜びを見出している中森さん。まさに「ライフワーク」と呼ぶにふさわしい向き合い方です。
また、音楽を通じての人との出会いも大きな魅力だと語ります。例えば、楽器ケースを持っているだけで、旅先の会津若松で見知らぬ外国人に話しかけれられ音楽談義に花が咲いたりと、普通に生活しているだけでは出会えないような人々との接点が生まれること。そうした予期せぬコミュニケーションも、音楽を続けるモチベーションの一つになっているようです。
これまでの道のりで苦労されたことをうかがうと、「練習通りの演奏が本番でできないこと」とのこと。これは今回のコンクールの感想とも重なりますが、日々の練習で積み上げたものを、緊張感のあるステージで100%発揮することの難しさは、どれだけキャリアを積んでも尽きない悩みなのかもしれません。しかし、そうしたもやもやを抱えながらも、決して歩みを止めることなく、次の目標を見据えている姿が非常に印象的でした。
今後の目標や夢については、やはりきっかけとなった職場の先輩のように、海外で開催されるコンクールにも挑戦してみたいという意欲を持っています。また、演奏活動だけでなく、新たな分野への関心も芽生えているそう。
9月に大阪・関西万博での演奏機会を得られた際、選曲のために邦人作曲家の作品をリサーチしたところ、今まで知らなかった素晴らしい作品の数々に出会いました。この経験を通じて、単に演奏するだけでなく、ご自身でも作曲をしてみたいという興味が湧いてきたとのこと。まだ具体的な活動には至っていないそうですが、「音楽を通じて何か新しいことができないか」と常にアンテナを張り、模索し続けています。
公務員という職を持ちながら、貪欲に音楽を追求し続けている中森さん。その姿は、大人の趣味の延長線上にあるものを遥かに超え、一つの道を極めようとする求道者のようでもあります。「自分の理想とする音に少しでも近づけるよう、これからも地道に頑張っていきたい」と語る中森さんの瞳には、既に次のステージが映っているようでした。その真摯な情熱が、今後どのような音色や音楽となって私たちに届けられるのか、これからのご活躍も楽しみにしています。
全国大会での中森崇人さんの演奏はこちら。

