一般プロ(U30)部門の最優秀賞金賞に輝いたのは、東京藝術大学を卒業後、現在は地元・青森県弘前市に戻り、演奏活動と指導の両面で活躍されているヴァイオリニスト・澤田 柊さん。審査員から高い評価を得たその音色は、決して音楽的に恵まれていたとは言えない高校生までの環境の中で、ご家族とともに育んできたものです。今回は、弘前市のご自宅からお母さまと一緒にインタビューに応じてくださいました。

澤田 柊さん
澤田さんがヴァイオリンを始めたきっかけは、早生まれで言葉が出るのが少し遅かったことを心配したご両親が、「何か一つ、この子に特技を」と考えたことからでした。お父さまは高校の音楽教師であり、お母さまも声楽の嗜みがあるという音楽好きなご家庭。8歳からは、将来的な音楽の道を見据えてピアノも始めましたが、基本的にはヴァイオリン一筋で歩んできました。ご自宅で、お父さまのピアノ伴奏に合わせて演奏できるという環境は、幼心にも楽しさを感じる原体験となっていたようです。しかし、そこから専門の道へ進む過程は、決して平坦なものではありませんでした。
驚くべきことに、本格的に音楽大学を目指すようになる高校生まで、地元には専門のヴァイオリンの先生がいらっしゃらなかったといいます。では、どのようにして基礎を築いたのでしょうか。それは、ご両親による献身的なサポートと、創意工夫に満ちた「独学」に近いものでした。有名な指導者の動画を教材とし、楽器の構え方や扱い方をご両親がまず研究し、それを息子さんに「翻訳」して伝える。楽譜すら読めない段階から、家族総出で練習に取り組む日々だったそうです。現代であればオンラインレッスンも普及していますが、当時はまだネット環境こそあれど、動画だけを頼りに技術を習得するのは並大抵のことではありません。近くに先生がいないため、著名な先生が青森や秋田など近隣の県にマスタークラスで来訪されるタイミングを逃さず、年に一度ほどの貴重なレッスンを受けに行く。それが、中学までの学びのスタイルでした。

普段の練習風景。伴奏者との合わせの様子
当然、楽譜を手に入れることさえ一苦労でした。地元には専門店がなく、どんな楽譜が良いのか手に取って比較検討することもできません。インターネット通販を利用し、手探りで必要なものを揃える日々。首都圏のようにプロのオーケストラや演奏家のコンサートに気軽に足を運び、生の音に触れるという機会もほとんどありませんでした。「振り返ってみると、田舎ゆえの悩みがメインでした」と語るその言葉には、情報の少なさと物理的な距離というハンディキャップを、情熱だけで乗り越えてきた重みがあります。
高校に進学してからは、片道数時間をかけて仙台の先生のもとへ2週間に一度通ったり、はるばる熱海の先生の元へも通ったりするようになりましたが、それもまた、大変な労力を要するものでした。もちろん、進学した高校も普通科で音大・芸大受験に詳しい教員もいなかったため、情報収集や準備などもすべて自分達で行わなければなりません。
それでも、「東京藝術大学に行きたい」という明確な目標が定まった中学2年生の頃から、その想いは揺らぐことなく、ひたむきに練習を重ねてきたのです。
そして2020年、念願の東京藝術大学に入学。しかし、それは奇しくも新型コロナウイルスの流行と重なる時期でした。入学直後からキャンパスは閉ざされ、思い描いていた華やかな大学生活とは異なる、マスク越しの4年間。それでも、同じ志を持つ仲間たちとの出会いや、アンサンブル、オーケストラの授業を通して、音楽を共に創り上げる喜びを深く味わうことができたといいます。現在は卒業され、地元に戻り、演奏家として、また指導者として新たなスタートを切っています。

恩師・澁谷由美子先生の演奏会にて。門下生の同窓会状態に
今回、当コンクールへの出場を決めた理由は、非常に指導者らしい視点によるものでした。澤田さんご自身も生徒さんを持つようになり、「生徒にお勧めできるコンクールはないか」とリサーチをされていたのです。その中で、予選から審査員による講評がもらえる点や、審査の公平性に惹かれました。また、地方在住者にとって大きなネックとなる移動の負担についても、予選が動画で行えるという点が非常に魅力的だったと語ります。伴奏者を伴っての遠征は、金銭的にも体力的にも大きな負担となります。まずは自分が受けてみて、その良し悪しを判断しようという、いわば視察を兼ねてのエントリーでした。
今回選曲したエルンストの『「夏の名残のバラ」による変奏曲』も、無伴奏なので自分1人で取り組めるということも理由の一つだったそうです。
結果は見事、金賞および最優秀賞の受賞。ご本人は「最初は信じられなかった」と謙遜しますが、その実力は審査員の折り紙付きです。本選での演奏については、緊張もあり、ご自身の中では「緊張して途中で力んでしまったところもあるので、今後の課題が残る演奏だった」と振り返ります。
一方で審査員からは、音楽の方向性や表現の明瞭さについてのアドバイスがあり、現在はその課題解決に向けて取り組んでいるとのこと。「まだまだこれから」という向上心が、言葉の端々から感じられます。

自宅での練習風景。譜面台には最近ハマっているというポムポムプリンのぬいぐるみが
普段の練習についてうかがうと、毎日ロングトーンとスケール(音階)から丁寧に基礎を確認し、その後に曲の練習に入ります。現在は、10月には当コンクールでも演奏したエルンストの『「夏の名残のバラ」による変奏曲』、11月にワックスマンの『カルメン幻想曲』という超絶技巧を要する難曲の演奏が決まっており、その準備に余念がありません。
また、アンサンブルの仕事が入った際は、自分のパートだけでなく、内声を受け持つヴィオラのパートまで弾いてみて、楽曲全体の構造を把握するように努めているそうです。さらに、指導者としては、生徒さんに適切な指導を行うため、教本やエチュードの研究も欠かしません。かつて、自分が良い先生や教材との出会いに苦労したからこそ、生徒さんには最良のものを手渡したいという想いが伝わってきます。

全日本弦楽コンクールの入賞者記念コンサートにて、ポムポムプリンの「ぬい撮り」
そんなストイックな音楽生活の傍ら、意外な一面も見せてくださいました。練習がうまくいかない時や息抜きには、大好きなキャラクターであるポムポムプリンのぬいぐるみを愛でて癒やされているそうです。最近流行りの「ぬい活」にハマっており、コンクールの入賞者コンサートの際も、ぬいぐるみを連れて旅をする「ぬい旅」や、写真を撮る「ぬい撮り」を楽しんだとか。
趣味は「旅と歴史」、そして「鉄道」。特に「乗り鉄」として、演奏旅行でさまざまな土地を訪れることを楽しみにしているそうで、今後は歴史的な建築物に興味があるという韓国や、音楽の聖地であるドイツ・ミュンヘンなどへの旅行も夢見ています。
そのほかでは、春頃から週2回ほどのジム通いで筋トレを始めたそうで、なんと10kgものダイエットに成功。それも体力勝負でもある演奏家の体作りのために始めたそう。
澤田さんには、このように趣味にまで、音楽に対するのと同様のストイックさと深い探究心がうかがえます。
音楽の魅力については、「言葉がいらないところ」と澤田さん。幼い頃から話すことや書くことが苦手だったというご本人にとって、音楽は言葉以上に雄弁に心を表現できる手段なのかもしれません。また、「答えのない世界を探求できるところ」も好きだとのこと。正解のない問いに向き合い続ける探究心こそが、芸術家としての原動力なのでしょう。

ひろさきレンガ倉庫で予選動画を撮影した時の様子
今後の目標や夢については、まずは演奏家として、コンチェルト(協奏曲)をオーケストラ伴奏で再び弾くことを挙げてくださいました。中学生、高校生の時に受賞者コンサートやオーディションなどで勝ち取ったオーケストラとの共演が忘れられず、またあの舞台に立ちたいという強い想いがあります。
プロオーケストラの団員としての活動にも興味を持っており、オーディションへの挑戦も視野に入れているそうですが、ご本人もお母さまも「まだまだその実力ではない」と謙虚に考えています。
そしてもう一つ、大切な目標が地元で初のプロ・ヴァイオリニストとしての「地元への恩返し」です。ご自身が苦労されたように、地元にはまだクラシック音楽の文化が十分に根付いているとは言えません。「ヴァイオリンを弾いてみたい、しっかり学びたい」という子どもたちや愛好家の方々に、東京藝術大学で学んできた最先端の技術や音楽性を伝えていくこと、そして地元の弦楽器人口を増やしていくこと、それがご自身の使命だと感じています。
地方というハンディキャップを、ご家族の協力とご自身の努力で乗り越え、最高峰の音楽教育機関で学び、そして今、その知見を故郷に還元しようとしている若きヴァイオリニスト。その音色は、これからも多くの人々の心に届き、新たな音楽の芽を育てていくことでしょう。そのご活躍が東京にまで届いてくるよう、これからも応援しています。
全国大会での澤田柊さんの演奏はこちら。

