全日本弦楽コンクール

高校生部門:橋本千尋さん

高校生部門1位のうちのお一人は、ヴァイオリンの橋本千尋さんです。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校の現在3年生。これから大学受験という大きな節目の年に挑んだ本コンクール。弦楽器の世界においては「スロースターター」ともいえる橋本さんの、これまでの歩みと挑戦への軌跡について、じっくりお話ししていただきました。

橋本千尋さん ©Ayane Shindo

橋本さんが通っていたゆかり文化幼稚園は、少しユニークな幼稚園でした。オペレッタ(喜歌劇)の上演などにも力を入れている園で、日常的に音楽やダンス、表現活動があふれている環境だったといいます。そんな豊かな土壌の中で、橋本さんの心の中に「自分も何か音楽をやってみたい」という芽が自然と育まれていきました。

ある日、橋本さんは自宅の近くでヴァイオリン教室の看板に目が留まります。そうして4歳でヴァイオリンを手にし、スズキ・メソードで基礎を学び始めた橋本さん。その後、小学1年生からは当時まだ東京藝術大学の学生だった高橋奈緒先生にも師事し、本格的なレッスンの日々が始まりました。しかし、この時点ではまだ、橋本さんにとってヴァイオリンは「習い事」の一つでした。

小学生の頃、高橋奈緒先生と。

後ろにいるのは、高橋先生を紹介してくれた、従兄で現在は新日フィルのチェロ奏者である飯島哲蔵氏

小・中学校は東京学芸大学附属の学校に通い、周囲と同じように勉強に励む日々を送っていました。しかし、中学入学と同時にコロナ禍が世界中を襲います。楽しみにしていたオーケストラ活動は中止となり、対面でのレッスンもままならない状況。すべての音楽活動がストップしてしまったかのような閉塞感の中で、多くの音楽家がそうであったように、橋本さんもまた孤独な戦いを強いられました。

しかし、橋本さんはこの逆境を、自分自身と向き合う時間へと変えました。演奏する機会が減った分、自宅で多くの音楽を聴き、音楽について深く考える時間が増えたのです。「なぜ自分は音楽をやるのか」「音楽とは何なのか」、そんな根源的な問いと向き合う中で、橋本さんは一つの確信に至りました。「やっぱり、自分は音楽がやりたい」。当たり前のようにあった音楽が遠ざかったことで、逆説的に、音楽への渇望と愛情が再確認されたのです。この期間に蓄えられた内面的なエネルギーは、その後の橋本さんの演奏に深みを与えることになりました。

そして転機が訪れたのは、中学2年生の頃です。東京ジュニアオーケストラソサエティ(TJOS)に入団したことが、橋本さんの運命を大きく変えることになります。

それまで個人レッスンを中心に取り組んできた橋本さんにとって、オーケストラという「集団で一つの音楽を作り上げる」体験は衝撃的でした。さらに、そこでは、NHK交響楽団の元コンサートマスターとして知られる「マロさん」こと篠崎史紀氏をはじめ、第一線で活躍するプロの音楽家たちから直接指導を受ける機会を得たのです。プロフェッショナルたちの音楽に対する姿勢、圧倒的な音色、そして音楽そのものの厳しさと喜びを間近で肌で感じたことで、橋本さんの中で漠然としていた「音楽」という存在が、初めて現実的な「職業」としての輪郭を帯び始めました。「自分もこの世界で生きていきたい」、その思いは日増しに強くなっていきましたが、時期はすでに中学2年生。音楽高校の受験を決めるには、決して早いスタートではありません。

野口千代光先生のレッスン風景

そんな橋本さんの背中を強く押してくれたのが、当時師事し始めた野口千代光先生でした。野口先生のレッスンを通じて、橋本さんは単にヴァイオリンを弾く技術だけでなく、音楽や演奏の奥深さ、芸術としての広がりを教わりました。「音楽の道に進みたい」という橋本さんの決意を、先生は温かく、そして力強く導いてくれたそうです。そこからの1年間は、まさに怒涛の日々でした。実技の猛練習はもちろん、ソルフェージュや音楽理論など、受験に必要な専門知識を短期間で習得しなければなりません。周囲には幼少期から着実に準備を進めてきたライバルたちが大勢います。しかし、橋本さんは持ち前の集中力と、「音楽が好き」という情熱を原動力に、見事、芸高への合格を勝ち取りました。現在は、野口千代光先生に加え、花田和加子先生にも師事し、より高度な音楽表現を追求しています。

普段の練習についてうかがうと、橋本さんのストイックさと工夫が浮き彫りになります。学校の授業が忙しく、帰宅してから音を出せる時間は限られています。しかし、どんなに時間がない日でも、橋本さんは指の運動用のメニューをこなすルーティンを欠かしません。楽器を構えて音を出せなくても、指の感覚を鈍らせないための地道なトレーニング。華やかなステージの裏側には、こうした毎日の積み重ねがあるのです。「平日はなかなか時間が取れませんが」と謙遜しながら語るその姿勢に、音楽に対する誠実さが表れています。

高校の同級生でもある、伴奏の高木う理さんと。手に持っているのはストラヴィンスキーの楽譜

今回、橋本さんがコンクールで演奏したのは、ストラヴィンスキーの『ヴァイオリン協奏曲』第1楽章、第4楽章。芸高での3年間の集大成となる卒業試験の曲目としても選んだこの曲は、これまで橋本さんが学んできた古典的なコンチェルトとは全く異なる性格を持っています。ストラヴィンスキーの音楽はバレエ音楽の要素が強く、場面ごとにガラリと雰囲気が変わる斬新な構成。メロディを歌うだけでなく、リズム感や音色の変化、そして舞台上での立ち居振る舞いも含めた総合的な表現力が求められます。高校生活の最後に、新しい表現方法や演奏法を習得したいという思いから、あえてこの難曲に挑みました。

この挑戦を支えたのが、高校1年生の時からずっと一緒にアンサンブルを組んできた同級生であり、信頼する友人でもあるピアニストの高木う理さんの存在です。ストラヴィンスキーの楽曲は、ピアノ伴奏にとっても非常に難易度が高いもの。オーケストラパートをピアノ1台で表現するためには、膨大な音符の中から必要な音を選び抜き、かつソロヴァイオリンと対等に渡り合わなければなりません。本番直前には、橋本さんが高木さんの家に泊まり込み、ほぼ徹夜で合わせ練習を行うほど、2人は密な時間を共有し、音楽を作り上げました。先生からは「ピアノ伴奏であっても、フルオーケストラをバックに弾いているようなスケールの大きな音楽を」という指導を受け、橋本さん自身もスコアを読み込み、どの楽器がどのフレーズを担当しているのかを深く理解した上で演奏に臨んだそうです。「楽器をただ弾くだけでは音楽になりません。この曲の伴奏も3年間やってきた仲間じゃないと一緒に挑戦するのは難しかったと思います。弾くだけでも難しいような曲を、さらにアンサンブルしないといけないということでお互いとても苦労しました」。

結果、本番では「今現在出し切れるだけの力を出し切った」と語るほどの納得のいく演奏ができ、見事に最高位という栄冠を手にしました。「順位のことは考えていませんでしたが、もちろん、最高に嬉しいです」と素直な喜びを口にした橋本さんですが、その笑顔の裏には、友人である高木さんと二人三脚で乗り越えた苦労と達成感があったことでしょう。

審査員からは、「曲をしっかりと理解して演奏できていた」という評価があり、橋本さんの努力と勉強の成果が聴衆にも届いたようです。一方で、多彩な音色の変化については本人もまだまだ課題を感じており、今後も磨いていきたい技術だと振り返ります。

伴奏の高木さんと初めて合わせたのはモーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番』。

「めっちゃ楽しかった」と振り返る

そんな忙しい橋本さんの息抜きは、韓国ドラマを観ること。ですがそれもヴァイオリンと無関係なわけではなく、以前韓国で開催されたヴァイオリンのセミナーに参加した際、韓国のお友達ができて、いろいろ会話したしたことがきっかけのひとつだそう。同じ音楽家を目指すそのお友達とは、今もやりとりが続いています。

そして現在は、東京藝術大学への進学を目指し、受験勉強の真っ只中です。ゆくゆくはドイツなど海外への留学も夢見ています。

将来の夢について尋ねると、橋本さんは音楽に対する本質的な願いを口にしました。「ソロでもアンサンブルでも、音楽そのものを深く感じられた瞬間がやはり一番好きで、音楽を続けていてよかったと心から思います。将来について具体的な形はまだ見えていませんが、どんな形であれ、音楽を実感できる幸せな瞬間が一つでも多くあればいいなと願っています」。

今回の優勝は、橋本さんのこれまでの努力が実を結んだ、ひとつの通過点に過ぎません。「これから頑張らなきゃいけないこととか、苦労もたくさんあるだろうと思いますが、今まで自分が思ってきた音楽の良いところや、音楽が好きな気持ちは忘れないでやっていきたいと思います」と語ってくれた通り、これからも音楽が大好きで幸せな気持ちを思い切り表現して、私たちに演奏で伝えてくれることを期待しています。

全国大会での橋本千尋さんの演奏はこちら