高校生部門の1位はヴァイオリンの加藤由彩さんです。現在は北鎌倉女子学園高等学校の音楽科に通う高校2年生。ステージ上で見せた堂々たる演奏家の顔とはまた違い、等身大の16歳らしい笑顔でオンラインインタビューに応えてくれました。

加藤由彩さん
加藤さんと音楽との出会いは、ヴァイオリンではなくピアノでした。10歳離れたお姉様がピアノを習っており、家の中には常にピアノの音が響いていたといいます。幼い加藤さんにとって、ピアノは楽器というよりも、生活の一部であり、遊び場でした。「姉が弾いているピアノの下でよく遊んでいた」というほど、当たり前にそばにある存在だった音楽。3歳になり、自然な流れで加藤さん自身もピアノを習い始めました。
しかし、ここで一つの問題が生じます。10歳年上のお姉さまは、すでに音楽科のある中高一貫校に通って本格的にピアノに取り組んでおり、家での練習時間は膨大なものでした。一台しかないピアノはお姉さまの練習で埋まってしまい、幼い加藤さんが鍵盤に触れられる時間は限られてしまいます。そこで加藤さんが4歳の時、いつでも楽器に触れられるよう、別の楽器を始めることを両親から提案され、ヴァイオリンを習うことになりました。
当時を振り返り、「ピアノが思うように触れなかった記憶はありますが、ヴァイオリンに変わってからは、ただただ楽しかった」と加藤さん。お姉さまとの年齢差があったことも幸いし、楽器の取り合いや喧嘩になることもなく、加藤さんは自身の新しい相棒であるヴァイオリンに夢中になっていきました。

幼稚園の頃、教会で演奏した様子
ヴァイオリンを始めてからの加藤さんの環境もまた、非常にユニークで恵まれたものでした。最初に通い始めた地元の音楽教室は、一般的な「週に一度、決まった時間にレッスンを受ける」というスタイルとは大きく異なっていたそうです。その教室はまるで、学校が終わった後に通う学童保育のような場所でした。学校が終わるとその教室へ向かい、保護者が迎えに来る夕方まで、そこで過ごすのです。もちろん楽器の練習もしますが、それだけではありません。そこには幅広い年齢の子どもたちが集まっていました。ピアノを習う子、リトミックをする小さな子、そして大人の方まで。さまざまな人が行き交うその教室で、加藤さんは多くの時間を過ごしました。空いている時間は練習室に入ってヴァイオリンを弾き、お腹が空けばおやつを食べ、友達と遊ぶ。夏にはお泊まり会があり、そこでは普段の個人レッスンとは違う楽器を演奏したり、陶芸をしたり、さまざまな体験もできました。
生活の中に音楽が溶け込んでいるこの環境こそが、加藤さんの基礎を育てたのでしょう。生活の一部として楽器がある。遊びの延長線上に音楽がある。そんな豊かな土壌で、加藤さんの感性はのびのびと育まれていきました。
初めてコンクールに出場したのは幼稚園の頃。初めての舞台、普通なら緊張で足がすくんでしまいそうなものですが、加藤さんは違いました。「舞台に立つことが最初から全然嫌なじゃなくて、ステージに立ってお客さんの前で弾くことがすごく楽しいなぁって感じていました」。そんな天性の舞台度胸が、この頃からすでに備わっていたようです。勝ちたいという欲よりも、ただ弾くことが楽しい。その純粋な喜びが、加藤さんの幼少期の音楽活動を支えていました。
しかし、成長とともに意識は変化していきます。小学校に入り、物心がついてくると、コンクールという場の意味、そして自分の実力や周囲のレベルというものが客観的に見えてきます。「周りの子たちに追いつきたい」「入賞できたら嬉しい」。そんな健全な競争心が芽生え始め、練習への取り組み方も変わっていきました。
そして小学校4年生の頃、大きな決断をします。それは、本格的に音楽の道へ進むための準備を始めることでした。幼い頃から毎日通い、家族のように過ごした教室を離れ、志望校の先生に師事することを決めました。「寂しかったです」と当時を振り返る加藤さんですが、それ以上に「もっと音楽を勉強したい」という強い意志が加藤さんを突き動かしました。そして、国語や算数といった学科の勉強も疎かにせず、音楽漬けの日々を送りながら、見事に志望していた音楽科のある中学校への合格を勝ち取りました。

門下演奏会での様子
中学生になり、専門的な音楽教育を行う学校に入学すると、そこにはまた新しい世界が広がっていました。周りは皆、同じように音楽を志し、高い目標を持って集まってきた仲間たちです。小学校までは、クラスの中で楽器を本格的にやっている子は少数派。しかしここでは、皆が良きライバルであり、理解者です。「同じところを目指す仲間と一緒に音楽ができるっていうのは、すごくいい環境です」。そう語る加藤さんの表情からは、現在の充実した学校生活がうかがえます。
現在は高校2年生となり、日々のスケジュールはさらに密度を増しています。学校での授業やレッスンに加え、放課後はすぐに帰宅して練習時間を確保する毎日。練習は、基礎である音階練習から始まり、その日の課題に合わせたトレーニング、そして取り組んでいる曲の練習へと進みます。
学校ではソロのレッスンだけでなく、合奏の授業もあります。ヴァイオリン専攻の生徒は少数精鋭。ピアノ専攻や声楽の生徒も多いという環境の中で、互いに刺激を受け合いながら切磋琢磨しています。
そんな多忙な日々の中で、今回のコンクールへの出場を決めたのは、数ある挑戦の中の一つという位置づけでした。時期的に他の本選と被らず、スケジュールが合ったこともありますが、何より加藤さんには「この曲を弾きたい」という強い思いがありました。
選曲は、先生と相談して決めたサン=サーンスの『序奏とロンド・カプリチオーソイ短調 Op.28』。テクニック的に難しいパッセージが多い曲ですが、加藤さんが惹かれたのはその中にある、歌う部分の美しさでした。「難しくて技巧的な部分だけでなく、静かに歌い上げる旋律が本当に素敵なんです。この曲の良さ、ヴァイオリンという楽器の良さを感じてもらいたいと思いながら演奏しました」。
この曲を仕上げるにあたり、加藤さんが特にこだわったのが音色の作り方です。「今まで自分が出せなかった音、表現しきれなかった色彩を、この曲で出せるようになりたいと思いながら練習を頑張りました」。場面ごとに移り変わる音色を表現するため、風景や色などいろいろなものに例えながら音色を作っていきました。
加藤さんは、練習室にこもるだけでなく、お母さまと一緒に美術館へ足を運んでイメージを膨らませることも多いそう。絵画の色使い、描かれた風景、筆致の勢い。それらを目に焼き付け、「このフレーズはあの絵のような深い青色で」「ここは光が差し込むような黄色で」と、音に色を乗せていく作業を行いました。それは技術の研鑽であると同時に、感性を磨くための探求の旅でもありました。

2025年1月25日、鎌倉の若い芽のコンサート出演の様子
そして迎えたコンクール当日。「自信があったわけではない」と語る加藤さんですが、そんな自然体の心持ちが、かえって良い結果を生んだのかもしれません。舞台で弓を構えた瞬間、加藤さんの中にあったのは、練習で積み重ねてきた音色へのこだわりと、この曲の美しさを聴衆に届けたいという純粋な思いだけだったのでしょう。
1位の結果を知った時、加藤さんは驚きとともに、深い喜びを感じました。「完璧ではないけれど、自分の表現の幅を広げる良い機会になったと思います。自分の表現や、やりたかった音楽を認めてもらえたことが何より嬉しかったです」。
ヴァイオリンを離れた時の加藤さんは、年相応の高校生の顔を持っています。趣味は「食べること」。特にお菓子作りが好きで、得意なのはマスカットのタルトだとか。お菓子作りは、実は音楽と似ていると加藤さんは言います。「お菓子を作っている時は、そのことだけに集中できるんです。頭の中が空っぽになって、目の前の作業に没頭できる。その時間が幸せで」。
また、韓国ドラマや映画を観てリフレッシュすることも大切にしています。
今年の夏休みには、大きな経験もしました。師事する野口千代光先生に同行してイタリアへ1ヶ月ほど滞在し、現地の音楽セミナーに参加したのです。初めてのヨーロッパ、初めてのイタリア。言葉の壁は厚く、思うようにコミュニケーションが取れないもどかしさもありました。しかし、そこで加藤さんは改めて音楽の持つ力を実感することになります。
「言葉は通じなくても、一緒に楽器を弾くと通じ合うんです。オーケストラで音が重なった瞬間、みんなが繋がっている感覚がありました。翻訳アプリを使いながら必死に話しましたが、それ以上に音楽が私たちを繋いでくれました」。この体験は、加藤さんの視野を世界へと広げる大きなきっかけとなったに違いありません。
これまでの苦労について尋ねると、加藤さんは少し考えてから「思いつかない」と答えました。「もちろんできないことはたくさんありますし、壁にぶつかることもあります。でも、それを『辛い』とか『苦しい』と捉えたことはあまりないんです」。
スランプがないわけではないでしょう。技術的な壁に直面することもあるはずです。しかし、加藤さんはそれらを「乗り越えるべき課題」として前向きに捉え、一歩ずつ進んできました。
今後の目標について尋ねると、まだ具体的な職業や進路は「悩み中」だと言います。来年は高校3年生、大学受験も控えています。しかし、加藤さんの目指す像は明確です。それは「技術的に優れたヴァイオリニスト」である以前に、「人として成長すること」です。
「まずは高校生として、人として成長していきたい。色々なものに触れて、心を豊かにしたいんです」。
技術は練習すれば身につくかもしれません。しかし、音楽の深みは、奏者自身の人としての深みから生まれます。加藤さんはそのことを理解しているのでしょう。
そして将来の夢は、「音楽を通して誰かに幸せを与えられる人になること」。
「音楽はずっと私のそばにあって、あって当たり前の存在。人生そのものです」。
加藤さんにとって音楽は、職業や手段という枠を超え、生きることそのものとリンクしています。これからも、加藤さんが音楽とともに生きていくことだけは間違いありません。
現在は、大好きなチャイコフスキーのコンチェルトに取り組んでいるという加藤さん。バレエ音楽を愛する加藤さんらしく、華やかで物語性のあるチャイコフスキーの世界を、今度はどのように表現してくれるのでしょうか。さらに彩り豊かになった加藤さんの音色を聴ける日が待ち遠しくてなりません。
謙虚でありながら、芯には熱い情熱と探究心を秘めた加藤さん。今回の優勝は、加藤さんの長い音楽人生における一つの通過点に過ぎません。イタリアで感じた「世界と繋がる喜び」を胸に、加藤さんはこれからもキャンバスに色を重ねるように、ヴァイオリンで独自の音色を描き続けていくことでしょう。
全国大会での加藤由彩さんの演奏はこちら。

